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2016年08月29日

おわら風の盆

8月の終わりから9月にかけて、いよいよ実りの時期を迎えますが、台風襲来など天候が荒れることも多く、農作物に被害が及ばないか心配な時期でもあります。風を警戒するために、立春から数えて210日目(9月1日ごろ)に「二百十日」、220日目(9月11日ごろ)に「二百二十日」という雑節があり、農家の厄日とされてきました。鎌が風の力を衰えさせると信じられていたため、屋根の上や軒先に鎌を取り付けたり、竹竿の先に鎌を付けて立てたりする風習もあります。

また、農作物を守るために風を鎮めるための風祭りが全国各地に残っています。
特に有名なのが越中八尾「おわら風の盆」です。


■越中八尾「おわら風の盆」とは

「おわら風の盆」は、富山市八尾町で行われる風祭り。風封じと豊年祈願の盆踊りが融合し、娯楽のひとつとして愛しまれてきたお祭りで、300年以上の歴史があります。
毎年9月1日から3日までの3日間、富山県富山市八尾町で行われます。旧町と呼ばれる10町とそれ以外の1町を合わせた合計11の町によって行われ、その優美な踊りは、各町が行う町内で輪踊りや町流しの他、演舞場で行われる演舞会で堪能することができます。
普段は山懐の静かな町ですが、「おわら風の盆」の時は全国からやってくる大勢の見物客で賑わいます。北陸新幹線が開通し、東京から富山まで乗り換えなしの2時間10分で行けるようになり、観光人気も一段と高まっています。
なお、前夜祭は8月20日~30日に行われています。


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■「おわら風の盆」の名前の由来は?

「おわら風の盆」の「おわら」とはどう意味でしょうか。これには諸説あり、江戸時代の七五調の唄に「おわらひ(大笑い)」ということばを差し挟んでいたのが由来とする説や、豊年万作を祈念した「おおわら(大藁)」説、小原村の娘が唄い始めたからと言う「小原村説」などがあります。
また、もともと富山の地元では、休みのことを「ボン」(盆日)と言い、「種まき盆」「植え付け盆」「雨降り盆」などの習わしがありました。「風の盆」の由来も同様ではないかと言われています。


■情緒あふれる「おわら風の盆」

坂の町・八尾の古い街並みにぼんぼりの灯がともり、哀愁をおびた胡弓の音色が響き、「越中おわら節」にのせて編み笠をかぶった男女が踊り歩く姿は幻想的。独特の風情が人気を呼び、小説や歌にも数多く登場しています。小説は高橋治『風の盆恋歌』、渡辺淳一『愛の流刑地』、内田康夫『風の盆幻想』など。歌は石川さゆり『風の盆恋歌』などが有名です。


■「おわら風の盆」の三つの踊り

踊り手の多くは、この地に生まれて幼い頃から鍛錬してきた10代後半から20代半ばまでの男女で、踊りは指先ひとつにまで神経が行き届いた素晴らしさです。誰もが楽しめる「豊年踊り」、優雅な「女踊り」、勇壮な「男踊り」があり、男女ペアで艶やかに踊ることもあります。

・豊年踊り
最も古くからある素朴な踊りで、農作業の動きを手や指先の動きで表現している。町流しや輪踊りを中心に踊られます。

・男踊り
男性の舞台用として振り付けられた「かかし踊り」ともいわれる勇壮な踊りです。

・女踊り
女性の舞台用として振り付けられた日舞のように艶やかな踊り。「四季踊り」ともいわれ、春夏秋冬それぞれに異なった所作があります。

編み笠を目深にかぶって、顔が見えないのも艶っぽい風情をかもしだしていますが、これは風の盆の町廻りがはじまった頃、手ぬぐいで顔を隠して踊った時の名残であるといわれています。
観光客が踊りに加わることもできますが、主な行事の終了後、老若男女が自然に集い夜通し踊る様子がまたいいのです。頬を撫でる初秋の風も心地よく、実り多き年になりますようにと願わずにいられません。

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