日々の便り

2016年05月25日

七十二候「紅花栄」。紅花が染め出す「禁色」と「聴色」

5月26日から七十二候では「紅花栄(べにばなさかう)」です。
紅花の花が咲きほこる頃という意味ですが、実際にはもう少し遅めの地域が多いそうです。
紅花を県の花としている山形県では、7月頃に橙色(だいだいいろ)の花を咲かせ、日に日に花の色が濃い紅に変わっていきます。

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紅花はシルクロードを経て飛鳥時代に日本に伝えられたといわれ、万葉集にも「末摘花(すえつむはな)」として登場しています。紅花は染料や口紅になり、珍重されました。ちなみに、「紅(くれない)」という色名は、紅花の古い呼び名に由来しています。

平安時代、「深紅」は「禁色(きんじき)」とされ、一部の高貴な人しか着てはいけない色でした。絹一疋(2反)を染めるのに約20斤(約12kg)の紅花が必要で、それは米13石分にも相当するぜいたく品だったからです。しかも紅花染めは一度では淡いピンク色にしか染まらず、紅に染めるには6~8回も染めを繰り返します。貴族の着る濃い韓紅(からくれない)の衣服は実に12回も染めを繰り返したそうです。
絹一疋を約1斤の紅花で染めた「一斤染(いっこんぞめ)」は「聴色(ゆるしいろ)」とされ、女官や庶民も着ることができました。桜色よりもっと薄い色ですが、これ以上濃い色を着ることは許されなかったのです。

長い間、紅花の紅は貴族の間だけのものでしたが、江戸時代になると紅花の栽培が各地に広がっていきました。中でも、今の山形県の最上川流域は質の良い紅花が採れる一大産地として発展しました。「最上紅花」は最上川中流域の村山地方特産の紅花のことです。幕末の「諸国産物番付」では東の関脇として最上紅花の名が挙げられ、生産量も非常に多く「最上千駄」とも称されました。「千駄」とは、馬千頭に背負わせるほどたくさんという意味です。現在では、加工用の最上紅花や、切花用のとげなし紅花・しろばな紅花などが栽培されており、山形の県花になっています。

【季節のめぐりと暦】七十二候
https://www.i-nekko.jp/meguritokoyomi/shichijyuunikou/
【暮らしの中の歳時記】紅花
https://www.i-nekko.jp/chie/hint/2018-060315.html
【暮らしの中の歳時記】日本の伝統色
https://www.i-nekko.jp/chie/kotoba/2018-060613.html

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